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『真面目な人こそ生きるべき!』

2020年7月18日、俳優の三浦春馬さんが死去しました。
自殺と見られています。

謹んで、三浦春馬さんのご冥福をお祈り申し上げます。

春馬さんを知る人たちの言葉からは、彼が真面目でストイックな人だとわかります。
また繊細で寡黙でもあったようです。

人が自ら「死」を選択するのは、本当に千差万別で、人の数だけ理由(動機)があると思う。

伝え聞くところによると、母親との確執があったとか、仕事を辞めたがっていたとか、いわれている。
でも、いくら他人が“ああだこうだ”と言ってみても、真実は本人にしか分かり得ないことだ。

人が自ら「死」を選ぶのには、絶望や失望に到る大きな背景があり、「死の行動」を取る決定的なきっかけがある

心や肉体が疲れ果ててしまっても死にたくなる。
恋に破れても死にたくなる。
イジメられたら死の世界に逃げ込みたくなる。
大切な人を失って、悲しみに押しつぶされそうになったら死んで楽になりたいと思う。
仕事があっても忙しすぎたり、自分の意に沿わないものばかりだったり、人間関係に悩んだりしたら、やっぱり死にたくなる。
仕事がなくて収入が途絶えたら、明日を生きる不安と先の見えない恐怖に襲われて、死にたくなる。
信頼していた人間に裏切られたら、深く傷つき失望して死にたくなる。

人間って、上手く生きているようで、人生のあらゆるところで「死にたくなる」、それが人間じゃないかと、僕は思う

だけど、僕は思う。

真面目な人ほど死にたくなる。
責任感の強い人ほど死にたくなる

なんで?
どうして?
って、言いたくなる。

だって、真面目な人や責任感のある人こそ成功して、長生きして欲しいじゃないか。

逆に、人を蹴落とし、人を傷つけ、私欲に走り私欲を優先させる、そんな不真面目な人や責任を取らずに反省や謝罪もせず、ひどい人だと嘘をつき隠蔽する。

もし、僕が神様だったなら、そんな人の命を短命にする。
不真面目で欲深い人たちから取り上げた命の時間を、真面目な人にあげる。

だけど、世界はそうなっていない。
僕には、そんな力もない。

真面目な人は、必要以上に悩んだり苦しんだりしてしまう。
「過ぎたるは及ばざるが如し」という諺があるけど、あまり真面目に考えすぎたりすると、苦しみを生みだしてしまう。
良い思い、善なる考えでも、それが行き過ぎるとなぜか苦しみに変ってしまう。

僕は思う。

才能の有る人には完璧主義な人が多い。
だけど、完璧主義は息苦しい(生き苦しい)。

それが行き詰ってしまい、出口が見つからず、深刻になり、他の要因が重なると、死神が寄って来る。

僕は悲しい。

真面目な人こそ、幸せになって欲しい。
真面目な人こそ、長生きして欲しい。
真面目な人こそ、成功して欲しい。

なのに、適当に人生を送って、悪いことをしている人が“のうのうと”生きていて、真面目な人が自ら死を選ぶことが、あまりにも悲しすぎる。

だから僕は、真面目な性格の人に伝えたい。

「悩み過ぎちゃだめだよ」
「ときには、開き直って、どうでもなれっ~! って思うことも一つの道だよ」

繊細な性格の人は、物事を敏感に感じてしまう。
繊細な心を持っている人は、人間関係でもいろいろなことを感じ取ってしまい、ときにそれが苦しみとなってしまう。
鈍感な人なら、悩まないことで葛藤してしまう。

僕は、そういう人は素晴らしい人だと思う。
でも、それがゆえに苦しみを増やしてしまうことも事実だと思う。
だから繊細で悩みがちな人に伝えたい。

「ときには鈍感になって、心を解放してください」
「嫌なことを『忘れる』ということが必要なときがある」
「感じ過ぎていると思ったら、『こだわり』の一つ一つをゴミ箱に捨ててください」
「『こだわり』を思い切って捨てるのです」

真面目な人のほうが不真面目な人より苦しみ、真面目な人が死を選んでしまう。

世界が不公平であるように見えるかもしれないけど、必ず真面目な生き方と、不真面目な生き方では、その評価、報いは必ず正確にくだされると信じたい。

人は人生を終えたら、魂が四次元以降の世界に旅立つ。

そのときに「真面目な生き方」をした人は、その生き方を評価され、「不真面目な生き方」をした人はその生き方の報いを受ける。
そのことによって、人の生き方は公平に評価される。

欲にまみれて生きた人は地獄に落ち、真面目で正直に生きた人は天国に帰る。

僕はそう信じている。

嘘をつき、人を騙し、欲にまみれた人が長生きするよりも、真面目で責任感があり、正直な人が長生きするほうが、人間の世界にとって良いことだと思う。

だから、真面目で責任感が強い人は、苦しみすぎないで。
悩みすぎないで。

苦しみの原因は『こだわり』です。
その『こだわり』を捨ててください

『こだわり』を握りしめていると、いつまでたっても苦しみから解放されません。

真面目で、正直で、責任感が強い人こそ、“生きるべき”なんです。

だから、死にたくなっても、そこから蘇ってください。
僕と同じように。

『こだわり』を捨てれば、きっと蘇ることができます。

僕はそう思うのです。

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